Cairns and Japan - Exchange
日本とケアンズの交流史
ケアンズ地域の主要農作物であるサトウキビの発展には、日本人の多大な貢献が歴史的背景にあります。
もともと主に南太平洋からの出稼ぎ労働者に頼っていたケアンズのサトウキビ栽培は、1880 年代には労働条件の悪化からその数が減少しました。
一方その頃、捕鯨や真珠の採集のために、かなりの日本人労働者がオーストラリアで働いており、また日本の大手船会社も日本
人労働者のケアンズへの出稼ぎ斡旋を行い、最も多い時には、3200
人の日本人がケアンズに住んでおり、地元でも日本人労働者の信頼性、勤勉さ、器用さなどは高く評価されていました。
初期の日本人移住者の間では、同輩同士の結びつきを深めるために様々な日本人協会が結成されました。中でも最も古いクイー
ンズランド―日本協会支部のひとつが、1922
年にケアンズにて設立されました。その後、日本、オーストラリアの相互理解を深めるために、日本・オーストラリア協会が1981
年ケアンズに設立されました。
その活動のメインイベントが、毎年6月〜7
月頃開催される「ジャパン・ウィーク」です。この催しは、両国の文化、芸術を楽しみながら理解することを目的としており、日本の着物、華道、武道、日本舞
踊、書道などの体験コーナーが設けられるほか、地元学生のための日本への留学支援の募金活動も行われます。
またケアンズ市は現在、徳島県日和佐町と姉妹都市関係を結んでおり、様々な交流活動を行っているほか、姉妹都市以外にも日本の市町村との交流を図っています。
|